公務員共闘

 今日の夕刻、労働会館で公務員共闘の取り組みがあった。公務員共闘とは、藤沢市職労と湘南教組が共闘して、平和・環境の取り組みをしているもの。今日は、そのオープニング集会として、労働会館のホールで、「はだしのゲン」の映画鑑賞をし、平和を考えるきっかけとするものである。

 私は、この集会で、毎年あいさつをしているのだあるが、今日の集会は歴史的な日の集会となった。皆さん、お分かりの通り、今日は、集団的自衛権の行使を容認する、憲法解釈の変更という閣議決定がされた日である。まさに、戦後69年間にわたり、戦争によって血を流すことが許されなかった憲法の解釈が変更され、戦争で血を流すことが可能となったのである。

 以下は、私の持論であるが、戦後、戦争によって血を流すことを禁じた憲法は評価すべきで守り続けるべき。憲法解釈の変更を国民的議論がされないまま、閣議決定と言う、簡単な手続きですべきでない。世論調査で、6割が賛成となっていることについて、賛成・反対の意思表示をする場合、その判断をするために、内容を十分に理解している必要があるが、本当に理解しているのか?例えば、沖縄戦や広島・長崎のことを、知るために現地に行って、勉強したのか?ということ。少なくとも、戦争の悲惨な状況を心に刻めるところに行き、平和学習をしていないなら、安易に判断すべきではない。白旗の抑止力について、攻撃のできない国に対して、攻撃をするか?もし、したならば国際的な批難は必至で、だから、戦争放棄の日本に対する抑止力となっている。言いたいことは山ほどあるが、国民の理解を得るために、ごく限られた場合にしか活動できないとしているが、解釈を変更したからには、戦争ができる国になってしまったと思ったほうが良い。特に、自民党に投票した、浮動票の人たちに言いたい。自民党の政策に賛同したのであろうが、経済対策、社会保障政策、労働政策などは、良いとしても、平和政策については、疑問を持ってほしい。私の先輩議員のキャッチフレーズは、「平和なくして福祉なし」であった。日本の社会保障について、年金・医療・介護をどのようにしていくか、そのために消費税の増を行ったわけであるが、戦争が起きれば、介護サービスをどうしていくべきか?という議論にならないでしょう。社会保障でもなんでも、前提は平和な世の中なのである。それは、憲法9条の理念に守られていたわけで、戦争で、自衛隊が人を殺す、殺されるという状況になれば、福祉政策なんて意味がなくなる。そのことを国民的な議論にしていきたいと思う。

 最近思うことは、背景である。この集団的自衛権の行使にしても、ホワイトカラーエグゼンプションにしても、どこのだれが求めているか?ということ。少なくとも、ホワイトカラーエグゼンプションについて、働き方を見直すことなのに、働いている労働者側から、見直してほしい!という要望は皆無である。集団的自衛権の行使も同じである。国民側から、安倍首相の説明するケースを例に挙げ、だから憲法解釈の見直しをしてほしい!という要望はない。藤沢市における善行の土地問題についても、その背景に問題があり、対応を求められたのであり、それ以降、政策や事業について、その背景(誰が何を目的として)を重要視している。今回の件は、国民に対するトップダウンと言わざるを得ない。

 今後、自衛隊法改正の議論になると思う。圧倒的多数の状況からして、突破されてしまうと思うが、正しい世論が反映できるように、テレビや新聞の役割と責任に期待をしたい。


おおや徹

藤沢市のためにがんばります!

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